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初冬 能勢・京都 越冬オオクワ採集
 
初冬 能勢・京都 越冬オオクワ採集
2007年 11月
     
初冬 能勢・京都 越冬オオクワ採集
 
「行きの車中で見えていた・・・」
仕事人N氏の言葉だ。これまでも幾度となく彼の神憑った採集場面を見てきた私たちではあるが、ここ昨今の言動・行動は、以前にもまして研ぎ澄まされたものとなっていると感ぜずにはいられない。特に本誌でもその採集記が紹介された、2007年7月7日の桑原氏結婚式のための、70ミリオーバーメモリアルオオクワの捕獲に至る経緯など、実に信じ難い状況を目の当たりにしてきている。(ただし本人曰くだが、この時は最後の詰めが甘く?、捕獲寸前のところで取り逃がしてしまい、全員で大捜しの上、奇跡的に発見したというエピソードがある。しかし私はそれはやむを得ないアクシデントであったと思っているし、彼の神業はそれ以前の問題である)そしてこの日もそんな彼の神憑り的な採集をまざまざと見せつけられることとなった。
 
11月中旬のある日、私たちは能勢地方、阿古谷を訪れた。私といえば例の7月7日の採集以来の能勢である。目的は、ここ近年大変お世話になっている阿古谷在住の乾氏の元への表敬訪問。と言うとなんだか堅苦しいかも知れないが、ようはご挨拶、そして今後の私たちと阿古谷とのコラボレーションの談議にやってきたのだ。私たちの到着を乾氏はいつものようにとても暖かく出迎えてくれた。乾氏と出会って、親交を深めてきた私たちであるが、それに従い以前にもまして阿古谷が大変身近に親しく感じられるようになってきた。
これまで長年の間、能勢地方、そして阿古谷を訪れ、オオクワ樹液採集を楽しんできたのだが、別段親しい知り合いや親類などが居るわけではなかった。したがって入山する際にはできる限りのマナーを心得て、土地の方々の迷惑になるような言動・行動は極力慎むように心掛けてきた。しかし、はやり元来縁もゆかりもない土地柄であり、他人の所有地、何とも気が引ける思いを引きずりながら、入山してきたのが実情であった。それが今から2年半ほど前、偶然乾氏と出会い、意気投合し、里山保全、台場クヌギの有効活用を共に模索することとなり、私たちも今までのように、ただ単に一方的にオオクワガタを採集するばかりでなく、その環境、或いは個体の存続、保全に僅かながらでも尽力できるようになったことは非常に嬉しいことなのである。そしてこの日、乾氏が打ち合わせの最中に案内してくれたある場所、台場クヌギが林立している急な斜面、そこは私たちが「心臓破りの坂」とも呼びならし、阿古谷オオクワガタ樹液採集の登竜門として、長年に渡り登り続けてきた場所なのだが、驚いたことに、乾氏所有の山だったのである。なんと運命的な・・・ またさらに阿古谷を身近に感じられるように思える私たちであった。
 
さて、乾氏との所用も終わり、まだ陽も高い、当然N氏と私たちがこのまま帰るであろうはずがない。初冬の阿古谷の様子を伺いながら、越冬体勢に入ったであろうオオクワガタの生態を調べるために、先ほどの急な斜面の阿古谷の山とは別の山に車を進め、その頂上付近から斜面に入った。この日のメンバーはN氏と、同じく体育会系でパワフルで行動的な前田氏、遠い昔は体育会系であったらしい??のだが、いまやすっかりメタボリック系なカメラマンW氏と、そうならないように昨今トレーニングに勤しんでいる私である。この日は素晴らしく天気が良い、よく晴れた冬の山は清々しくて本当に気持ちが良い。山歩きをして若干汗ばんだ、やや火照った身体に冷たい澄んだ空気が冷んやりとじつに心地よい。色付いた木々を見ながらの散策はオオクワ採集ならずとも楽しいものである。私やカメラマンW氏は暫く山の景色、そして木々や森の表情などを観察していたが、N氏と前田氏はさっそく台場を探りだしていた。とくに前田氏はせっせと台場に登り、精力的に探っている、いや捜している、捕ってやろうと頑張っているのが良くわかる。今年1年のオオクワ樹液採集の集大成として、この日なんとか結果を出そうと意気込んでいるのが、私たちにもひしひしと伝わってきた。 初冬 能勢・京都 越冬オオクワ採集
 
オオクワガタたちが活発に活動している夏季であっても、オオクワ樹液採集が並々ならぬ困難な所業であることは、今さら言うまでもない周知の事実であるが、冬季となるとその居場所も含めて、さらに困難であることは容易に理解できることである。逃げていくことがないと言えばそうなのではあるが、逆に逃げることができないため、逃げる必要のないような、手の届きにくい困難な場所に居て、安易には手の出しようがないというケースも多分に考えられる。だからといって潜んで居そうな棲息木を傷つけるような手段は間違ってもできないし、ましてや故意に割ってしまうなどとは言語道断! 絶対にしてはならない行為である。オオクワガタの棲息環境を破壊してしまうような採集手段はどうあっても慎むべきなのだ。そのような手段を使わなくてもオオクワガタは十分に採集が可能であるということを、これまでもN氏や彼の仲間たちの採集記というカタチで、長年に渡り本誌にても紹介してきている。そして近年、たとえ冬季であっても棲息環境を損なわないオオクワガタ採集は可能であるという事例を、機会あるごとに紹介してきている。これらの事実に共感していただける読者諸氏、採集者の方は、是非、オオクワガタ樹液採集・越冬採集にチャレンジしていただきたい。そういった方々の一助にでもなればと思いながら、私は執筆している。
 
初冬 能勢・京都 越冬オオクワ採集 「夏と同じ場所を捜してたんじゃあ見つからないよ。」台場に登り、真剣な眼差しで懸命に洞を捜している前田氏に対して、ふとN氏が言葉をかける。なるほど・・・確かにそうかも知れない、頻繁に出入りをくり返す活動期の隠れ場所と、長期間に渡って潜み続ける越冬場所とは違っていても当然である。夏の間は餌場、つまり樹液の発生場所がある程度近くに存在することが、重要なファクターとなっている。しかし冬の間はその必要は全く無いとまでは言い切れないかも知れないが、
それほど重要ではないであろうと考えても良いのではないだろうか。それよりも越冬中は低温で動くことができないことを前提に、天候や外的要因など起こりうるさまざまなアクシデントに対して、耐えられる環境が揃った場所でなければ、春まで安全に休眠することは困難であろう。だが、かといってものすごく奥深い場所ばかりで越冬しているとは限らないことを、私たちのこれまでの冬季越冬採集の経験からも解ってきている。表皮から数センチ程度のごく浅いウロなどで越冬している個体を、何頭も捕獲してきているのだ。
 
しばらくは前田氏の捜索の様子を見守っていた感じのN氏であったが、やがて自らも辺りの台場を探り始めていた。カメラマンW氏はその様子を見守りながらカメラに納めている、私は相変わらず辺りを散策していた。台場から落ちたのであろう、帽子を被ったままの色鮮やかなクヌギの実、冬眠にはまだ少し早いのか、オオセンチコガネが台場の根元を歩いている、そういった初冬の台場の森の息吹に耳を傾けながら、時折シャッターを押さえていた。また、今日のような天気の良い日、この場所からの下界の眺望は最高に壮観で、私は何度来ても思わず見入ってしまうのである。「ここはホントに良い眺めだな...」「居た!」「?」・・・「ん?」「えっ!」ふと我に帰った。5メートル程下の斜面の薮の中が何やら騒々しくなっていた。「おったの!?」私も急いで斜面を下り、その薮の中へと分け入ったのだ。N氏とW氏が取り囲むように見ていたのは、直径でいうと40センチ程だろうか、少し小振りな台場クヌギであった。そのため目線より低い位置が台場部分になっている、その上部、被われていた枯葉を取り除いた箇所に小さな洞が現われており、そこにかきだし棒が差し込まれていた。 初冬 能勢・京都 越冬オオクワ採集
「おったの?」「えっ、どれ?」N氏が照らしてくれた赤ライトの先には、洞の中で蹲っている1本の大きな内歯のある黒い大アゴがはっきりと確認できた。「お〜凄い!」「居たね〜!」程なくして前田氏も現われ洞の奥を見入っていた。「うわっ・・・」この辺りの木は最初、前田氏が捜していた場所である。後から入ったN氏に見つけられ若干複雑な心境の面持ちであった。私とW氏は交互に、周囲の状況と共にその洞の奥の黒い生体を写真に納めた。「出してみましょうか。」と言うとN氏は絶妙な指遣いでかきだし棒を操作し、それに促されて洞の主は私たちの前に姿を現した。「オ〜!」「凄い!」やや小振りではあるが中歯型の立派な♂であった。目測55〜56ミリ程であろうか。すぐに動き出したところを見るとこの個体はまだ完全には越冬中ではなかったようである。この斜面は陽当たりが抜群に良いので、昼下がりのこの時間は気温も上がり易い、よって日照状況によっては半ば目覚めている状態で潜んでいると思われる。私たちの前に堂々と現したその雄姿を私はさまざまなアングルから写真に納めた。すると「じゃあ、こいつはこのまま帰してやりましょう。」とにこやかな表情でN氏が言った。「えっ!」一瞬皆が耳を疑った、今かき出したばかりのワイルドオオクワガタをリリース!?、そんなこと考えたこともなかった...だがしかし、そういえば昨今N氏は言っていた。「60ミリ以下はもう逃がしてやろう。」と...出てきた時と同じようにかきだし棒に促されて、そのオオクワガタは洞の奥へと戻って行った。入り口を元のように落ち葉で塞ぎ、結局一度も手で触れることもなく見事にリリースすることができた。オオクワガタ採集の新たなスタイルとして、一つのメソッドを加えたことに、
   
初冬 能勢・京都 越冬オオクワ採集 私たちは深い満足感を味わうことができた。このような採集スタイルはなかなかできることではないかも知れない。極めて貴重なワイルドオオクワガタである、持って帰るのは当たり前のことで、持ち帰り飼育するために採集に来ていることがほぼ全ての場合そうであろう。実際、私たちもそうだ。しかしこの時私たちは、持ち帰った時以上の、今までにない新しい感覚の充実感を覚えたことが、間違いない事実であることをお伝えしたい。「頑張って元気に冬を越してくれよ...」そう願いながらその場を後にした。
 
登ってきた道を少し戻り、さらに斜面を下りながら探索を進めていった。この季節にあってもやはりオオクワガタの顔を見ることができたことで次なる期待も高まってきた。とりわけ前田氏は「次は自分が...」と、いっそう気合いが入っていたに違いない、しかし反面、冬季のオオクワ越冬採集の夏季とはまた違う難しさも思い知らされたようだ。そのあたりのレクチャーもN氏に受けながら、有望な台場クヌギを1本1本丁寧に調べながら、私とW氏はその様子や周辺の景色をカメラに納めながら斜面を下っていった。
この辺りどうやら秋口に伐採と森の手入れをしたらしく、以前以上に開けた感じで斜面の先の方まで非常に良く見渡せる、所々に切った枝などが束ねて置いてあるのが見える、また歩くところも通路のように整備が施された箇所があり、行程も随分と楽である。阿古谷をはじめ能勢地方の広大な里山の森は、こうやって人の手によって整備され一定の環境が保たれ続けてきたことが、オオクワガタの一大生息地として近代にまで至った要員である。昨今それらの存続が危ぶまれている事例もあるが、後世にまで残すために、オオクワガタに関わる1人1人ができることを考慮する余地はまだまだ残っていると私は思う。
さらに先へと進み斜面を下っていくと、やがて開けた斜面が終わり覆い茂った樹木に囲まれた通路へと続いていた。私たちもさらにその奥へと足を踏み入れて行った。程なくしてN氏が気付いた、そこは以前から採集に訪れていた場所で、これまで私たちは遥か下の方から登ってきていた所だったのである。「こうなっていたのか〜」これまで随分と来ていたのだが、今日まで全く気が付かなかった。私たちの阿古谷の地図がまた一つ繋がったのであった。
 
この辺りは今年も採集実績のある場所である。かなり大きな太い台場があちこちに見られる。若干陽当たりがもう一つといったやや薄暗い雰囲気は感じられるものの、オオクワガタが生息するには十分な場所なのであろう。ただし気になることが、今年、私たちの何人もの採集仲間が、この場所で放虫されたと見て取れるオオクワガタ個体を、数度に渡り何頭も捕獲しているのだ。そんな簡単にワイルドとの区別がつくのかと疑問に思われる方もみえるかも知れないので、今回この場での詳しい違いの説明はあえて控えさせていただくが、中には50ミリ程もある♀個体も存在した。放虫の是非についても簡単には言い切れない難しい問題であるため、その善悪についての意見も控えさせていただくが、ワイルドオオクワ採集をしている立場からすれば、決して気分の良いものではなく、さまざまな意味からも危惧感を覚えずにはいられないことだけは確かである。 初冬 能勢・京都 越冬オオクワ採集
 
丹念に捜索してみたが、残念ながら今回はこの辺りで有用な手がかりを得られることはできなかった。なおも先へと進んでいく、その先この道は一旦森から離れ林道へと出るようになっている。そしてしばらく林道を下るとまた森に入る通路が現れる、私たちもその中へと進んでいった。この辺りも以前から良く訪れる場所で、やはり今年も採集実績のある所だ。ここは明るく開けた場所もあれば、水辺もあったり、大小さまざまな台場クヌギが生えていて、非常に変化に富んだ台場の森のいわば縮図のようなところである。台場クヌギの森、オオクワガタの棲息環境を見学してみたいという人を手軽に案内するにはもってこいの場所だと、以前よりN氏と話していた場所なのだ。いつの日かそのようにしてオオクワガタ文化を広めながら、里山の有効活用とその保全に繋げて行きたいと私たちは考えている。
 
初冬 能勢・京都 越冬オオクワ採集 徐々に下って行きながら、前田氏とN氏は相変わらずレクチャー絡みの捜索をここでも続けていた。前田氏も懸命に探り続けていたのだが、やはりそれ程甘いものではない。結構ゆっくりとしたペースなため、私とW氏はかなり先に進んできてしまっていた。水辺のある場所で小休止しN氏たちの到着を待っていたのだが、ふと見ると水辺の向こう側に赤く色付いた果実のようなものが目に入った。W氏と二人で近づいてみるとそれは野生?かどうか解らないが柿の実であった。
大凡巷で目にするものと比べれば随分と小さい、柿の実とは元来渋いもので人間の手によって甘くなるのだと聞いている。こんな山中に自生している柿の実が甘いあろうはずがあるわけがない!私の忠告を聞かず、それを口にしたW氏は「っん、甘い!」「?、そんなバカな」と聞き返した私に対して、造り笑顔でうそぶくのがやっとで、その後大変な思いを味わうことになったのは言うまでもない。
 
その後、N氏たちも到着し一緒に先へと進んで行った。この先は比較的うっそうとした感じではあるが、この場所で昨年冬季に採集実績があったことは記憶に新しい。そんなことも思い出しながら私たちは探索を続けていた。ここを抜けると山の斜面は終わりで田畑が広がっている。阿古谷の一つの山の入り口、山裾に当たる場所なのである。ペースの早い私は、すぐに一旦森を抜けてしまった。見返すと今下りてきた山並が壮大に広がっている、山頂付近からここまで下りてきたという達成感にしばし1人で浸っていた。まだまだ皆は探索しているようだ、私ももう一度森に戻ってみることにした。入り口から入って程近い所に、そう言えば昨年冬季にN氏が♀を採集した大きな台場クヌギがある。近付いてみると丁度N氏もやって来たところだった。「この木だよね...どうかな?」「うん...そうだねぇ...」N氏はおもむろにその木の昨年♀が居たウロを探りだした。「あっこの木ですねぇ」と追って現れたW氏もN氏の傍らで見守っていた。とその瞬間である!「おっ!居た!」W氏の声が響いた!「えっ!居た?!」あまりに突然の出来事に私はいささか驚いた。すぐに駆け寄ってみると、そこには大歯のアゴを大きく振りかざした♂個体の姿があった。「うわっ!凄いねぇ〜」「前と同じ場所だね」「お〜、カッコイイわぁ〜」「う〜ん...居たねぇ」騒ぎを聞き付けてじきにやって来た前田氏も交えて、皆それぞれに感動を口にしていた。この個体もやはりまだ越冬体勢に入って間もないのだろう、上翅のエッジなどに泥がこびり着いてはいるものの、出てくるなりアゴを開き威嚇している。まだ動ける状態でいるのである。これが1月〜2月の厳冬期であれば死んでいるかと思う程、ぐったりと脱力してしまったような状態で休眠している個体が出てくる場合が多いのだ。近年私たちが冬季越冬採集を行うようになってから、オオクワガタの越冬中の生態が僅かながら解ってきた。比較的浅い樹皮めくれやウロの中で越冬している場合が、意外と多いということも解ってきた事例の一つである。しかしまだまだ未知なることが多分にある、そららを解明していくことが私たちの冬季越冬採集の目的でもあるのだ。
 
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初冬 能勢・京都 越冬オオクワ採集 る体長は61ミリ、アゴが太くガッシリとした阿古谷らしい体形のオオクワガタだった。ひとしきり写真を撮っていると、「あと1頭ですね。」ポツリと前田氏が呟いた。「えっ、どういうこと?」彼曰く、N氏はこの日3頭のオオクワガタを捕ると出発以前に言っていたらしいのだ。「そんなこと言ってたっけ...」当の本人はあまり覚えていないらしい....。この時、時刻は3時半、この時期はさすがに陽のあるうちが勝負である。はたしてどうするのだろうか...
するとN氏は「あと1頭か...じゃあ、あそこしかないな。」「えっ、何処?」私たちの問いかけに、彼はおもむろに話しだした。「今日、来る途中に走ってきた京都の外れ、いつも通ってくる幹線道路を左折した所のコンビニがあるね、その後方、田圃が広がってる中に畦木があったんだ。それを見たあと、そこから目を離した瞬間なんだけど、その木の上部にウロが空いているのがパッと目に浮かんだんだ...あそこ、オオクワガタが居るよ。今から捕りにいくんならあそこしかないね。」...。一瞬、訳が解らなかった。来た途中に一瞬見た景色の中に台木があり、そこにオオクワガタが居るはずだとN氏は言うのである。「そんなバカな...」と思うのが普通である。しかもここは阿古谷である、その場所まで行くのに1時間以上はかかるのである。それだけでも私たちに残された採集時間が相当消耗してしまうことは想像に易しい。にも拘らず、今までに採集したことは愚か、間近で見たこともない、その日初めて一瞬目にしただけのたった1本の木、その木に必ずオオクワガタが居ると。この日最後の勝負をかけるために、今、私たちが居るこのオオクワガタの聖地「阿古谷」を後にし、未知なる場所に挑もうと言うのである。通常であれば、そのような行為は物凄い大博打だ、しかしN氏は確信しているのである、そこに行けば必ず捕れると。そして今日何処よりも捕れる確率が高いと。
 
いざ、京都へ!
初冬 能勢・京都 越冬オオクワ採集 長年、N氏と採集を共にし、彼の言動・行動を理解している私たちは、驚きつつもすぐに賛同した。その場所から車まではかなりの距離があった、しかも上り坂である。疲れた身体に鞭を打って私たちを帰路を急いだ。車に乗り込み阿古谷を後にする、暗くなってしまっては難しいだろう、ハンドルを握る手にも自ずと力が入ってしまう前田氏であった。幾多の峠道を越え、ようやくその場所に辿り着いた頃には、まだ明るかったもののすっかり陽は傾き、西陽となってもう少しで山陰に隠れてしまいそうだった。
「なるほど、これか。」N氏が言っていたとおり、辺り一面に広がった田圃の風景の中に、ポツンと畦木が立っている。樹種は不明だが台木であることは私にも容易に確認できる。コンビニの駐車場に車を止め、早速前田氏が装備を準備しようとしていると、「そんなの何も要らないよ。」N氏は手ぶらで出かけようとしている。どうやらここでの採集には道具は必要無いらしい、ということはどうやって捕るのかも想定されているということなのか?。
 
田圃で作業していたおばさんに「木を見させて欲しい。」と断わりの挨拶をする、他人の所有地である、許可を得るのは当然のマナーである。私たちは目的の木にまっしぐらに向かった。近くまで行くと気配を感じさせないためにN氏の足取りが忍び足となった。「お〜これか」私とW氏はやや遠巻きにカメラを構えていたが、あっけないほど勝負は早かった。すぐにN氏と前田氏が木の根元で騒いでいる。「えっ、もう捕れたの?!」
 
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その台木は根元付近の幹を藁で被ってあった、おそらく積雪に備えて木を守るためだろう。そして上部の台場部分にはN氏が言っていたとおりに、やはり洞が開いていた。それを確認した彼はしかし、木に登って洞を見ようともせず、まっ先にその根元の藁を捲ったのだ。そこには慌てて下方に逃げようとする♀のオオクワガタの姿があった。42ミリ、極太のゴツくて美しい個体である。「うぉ〜!ホントにおった〜!」「すげぇ〜」「すごいわ!」「凄すぎる」どんなに言葉で表現しても、この感動はとても伝えきれるものではない。ここに来てこの個体を採集するに到ったこの日の一連の出来事、行為をなんと言い表わせば良いのか...。この事実は、この採集記を読んで頂いた方に判断していただくしかないであろう。しかし、幾多のN氏の採集に同行し、非常に数多くのワイルドオオクワ樹液採集を目の当たりにしてきた私たちには、偶然とは到底考えることはできない。長年のキャリアだけからは得られることができない、神憑りとしか表現しようのない、研ぎ澄まされた感性を、昨今のN氏には以前にも増して、非常に強く感じずにはいられないのである。
 完